| 興味深そうな講演会を見つけました。 http://newstudying.blogspot.com/ |
2007年3月30日金曜日
2007年3月22日木曜日
言葉の問題
政治は、もともと政(まつり)事(ごと)だし、選挙は、祭りに他ならない。選挙は、勝ち負けの世界だから、スポーツと同じように、好きな、ひいきの、ファンの候補者を応援する。 この、好きなとか、ひいきのとかいう感覚、感情が元になって、人は、その人の好きな所を集めたり、また、別な人の嫌いな所を集めたりする。そして、確信を持って、お互いに対立するようなる。こういったことで生じる信念の対立は、選挙以外では、好ましくない場合もある。逆に言うと選挙だから、許されるのかもしれない。 ところで、私は、心理学を専攻している。日頃、指導教員から、どういう根拠で?、それは科学的?、論証可能?と指摘を受けることがある。選挙を観察してると分かるのだが、ある候補者の支持者が、同じ所を見て支持してるとは限らない。心理で言えば、同じ人を見て、その人の性格や状態を表す場合に、見方が見る人によって違うことがおうおうにしてある。ということは、客観なんてないのかもしれない。 人は、社会の中で生きているが、同じ社会とは言っても、それぞれに抱えている現実は違っているし、その違いを表す言葉もまた、主観的なものでしかありえない。一体、共通理解がありえるのだろうか。ありえるのは、自分の主観でしかないし、自分が感じとれるのは、自分の感覚だけかもしれない。あるシンポジゥムで、養老孟司が次に様なことを言っていた<汚くなった(古くなっただったかな)日の丸は雑巾にして良いか> あなたは、どうするだろう。 私は、<君が代でない国歌を作ろう>と呼びかけたい。明治以降作られた国や歌の形をもう一度それぞれに捉え直してみよう。私たちは、みんな、社会との関係の中で生きているけど、自分の大事にする価値が、個の自由にあるのか、集団への忠誠にあるのかを、よーっく考えて決めるべきだろう。決められるということについては、私たちは、まだ個の自由を享受していると言えるだろう。 選挙は、大事な祭りである。 |
2007年3月21日水曜日
青を!
| 青いハンカチ、バンダナ、スカーフでできること。 家の塀に結ぶ。 職場で、机の上に青いハンカチをおく。 バッグにつける。 スーツやジャケットの胸ポケットにいれる。 バンダナやスカーフを身につける。 車の後部ウインドウにはる。 ………。 青いイルミネーションで、庭の木をかざる。 青い色で、明日からの2週間、楽しく過ごしましょう。 |
石原相手にホームランを!
| 私が、一番、石原の政策で、抵抗を覚えるのが、学校現場への日の丸・君が代の押しつけである。日の丸は、国旗だし、君が代は、国歌だ。法律で定められていることは知っている。しかし、私は、君が代を国歌としていることには異を唱えたい。君が代は、天皇制を讃える歌であり、国民主権をうたった憲法にそぐわない。 なぜ、公立小中学校及び都立高校の卒業式の様式や方法が、都教委によって決められなければならないのか、私には分からない。どうして、一元的な価値を押しつけるのだろう。そして、異を唱える教師をとがめるのだろう。石原は「君が代を歌うのは、当たり前じゃネェか」と言うかもしれないが、子どもの式典で、一度も君が代を歌ったことのない私には、価値の押しつけにすぎない。 学校のように、地域に根ざし、伝統を持ちうる現場には、事細かに決めるのではなく、現場にもっと任せることを求めたい。現場の教師たちの創意・工夫に任せてみたらどうだろうか。トップダウンで決めるだけではなく、ボトムアップを求めたい。たとえば、1クラスの学級定員の問題を挙げてみよう。小中学校は、1学級40人定員だ。この人数を多く感じるかどうかについて、現場の先生が一番実感していることなのではないだろうか。イジメや不登校が問題とされる度に、一人一人の生徒への、先生のアンテナを高くして、と言われるが、それが可能な人数なのかどうかをまず検討すべきである。人数を減らして、イジメや不登校が減る可能性があるのであれば、そうしてほしい。都の場合、財政的に可能かどうかは知らないが、福島県では、33人学級が実現されている、と聞く。 四字にたとえてみれば、石原は頑固一徹、浅野は熟慮実行という所だろうか。今、東京が必要としているのは、頑固一徹ではなく、情報公開をしながら、政策を進める、熟慮実行である。 「私は、こう考えるけど、君の考えはどうだろうか」なのか「私は、最高司令官であり、こう考えるから、従うのが当然」なのかの違いである。前者は、市民を育てるが、後者は、市民を従わせる。あなたは、どちらを望むだろう。私は、多元的価値を認めうる人こそ、東京にはふさわしいと思う。 石原は、かつて「No!と言える日本」という本を著した。私は、すごい政治家だと思った。しかし、石原は「No!と言える教師」を認めなかった。だから、私は「石原にNo!と言う」 石原相手に、ホームランを! |